November 7, 2013
POSH

リアルでもちゃんと女言葉使う女って可愛いよな | ライフハックちゃんねる弐式
【悲報】 日本から「女言葉」が絶滅  クソみたいな国に : 【2ch】コピペ情報局

おばちゃんキャラとかおネエキャラとか、嫁相手にやって楽しんでる僕です。「ちょっと女性っぽい面もあるもんね。」の問いかけに「そんなことないわよ。」で返すのがデフォ。何やってんだ、この夫婦は。

北海道の方言つって、「なまら」とか「〜だべ」とか「〜っしょ」とかあって、高校生くらいまでは言ってた記憶ありますけど、最近は意識しないと出て来ません。副詞、助詞系は引っこ抜くのが簡単だからですかねえ。あと、高校卒業以降はどういう環境で生活してるかってのもあるんでしょう。訛り(幼稚園、保育園、コーヒー、紅茶etc)とサ入り言葉(押ささる、転ばさるetc)はなかなか抜けない。

思い起こせば、女言葉使ってるのを聞いたのは、女性がまだ女子とか言われてる位の歳の時ですかね。いや、それでも「〜わね」は聞かなかったか。

先週末位に、執筆の関係で作詞をお願いした方とメールのやり取りの中、「語尾の字数合わせしないから、貴方の詞が好きなんです」って書いたら、「ん、なんだろ?」って感じの返事が来ましてね。おお、意外と説明難しいぞと思ったんですが、要するに「それまで突然無かった語尾が字数合わせ目的で突然現れる」のがあまり好きじゃないんですね、僕。
「〜だわ」とか「〜のよ」とか。ふだんの生活で滅多に聞かない言い回しは虚構色が強くて、結果、その言い回しが登場するとこまで綴られてきたものがいきなりモノローグってハコに押し込められちゃったりするわけです。いわゆる箱庭感が出ちゃう。
一方で、やっぱりその方をはじめ、「あしたの足音」で詞をお願いした裕さんとか、意識的か無意識にか、時間経過を上手く言い回す(「ゆるり」とか「落ちて’ゆく’」とか極めてシンプルな言い回し)ので動きがあって好きなんですね。
むろん逆に今は中二病よろしく箱庭感のほうが好まれるってのもあるんですが。

話それました。女言葉がどうこうってのは実はそんなに興味ない話題だったんですがw、たまたまYouTube見てたらこんなのがありまして。
Best posh accent? R.P. BBC English or Standard English - YouTube[youtube http://www.youtube.com/watch?v=BLyPhCR4S1M]
イギリスで英語の話し方とはなんじゃろうと。POSHとはなんじゃろうと。

Posh な英語とは、上流階級で、しかも、上流階級であることをよしとしている人たちが話す言葉、という感じです。Posh な人というのは、Posh な人たちには尊敬されるし、そうでない人たちには敬遠されます。
-Posh English その1 : +αの楽しい英語

と、いわゆる品のいい言葉なのだそうです。
これを差別や階級意識の発露と捉えるかはさておき、意識的に交友範囲を変える方法として関心が持たれているとしたら興味深い現象だなと思いました。
日本語で例えるなら、「そんなん全然ダメ。わかってない。」というのを「それはよくないですね。手を貸しましょうか?」と言ったり、「面倒くさい。」というのを「手間が掛かります」と言ったり、「バカだね。」というのを「お茶目だね。」と言ったり、ネガティブな言い回しを避けた感じですかね。相手に不快さを抱かせず懐に入るみたいな、タモさん的な感じでしょうか。口の悪い人は、力量は別として類友よろしく交友範囲が限られる印象がありますし、自身の性向を客観視して改めようとする姿勢(だとしたら)は見倣いたいとこです。
余談。自己肯定と自己正当化がごっちゃになってる人もまま見受けられる昨今、客観視はこのさき基礎スキルになっていくかもしれん、と思いました。

October 13, 2013

October 13, 2013

September 21, 2013
RTフェスティバル開催中

わざわざ日記に書くほどじゃないかと思いながらも、もう数日、数ヶ月もしたらこの感覚失いそうなので「かゆうま」よろしく書き留めることにします。
まあツイートはTwieveEvernoteにログを残してるし、Twilogも残ってると思うので遡ろうと思えば出来るのですが、日記に書き残すってのはまた違った意味合いがあったりもしますね。

エゴサで自分に関するツイート掘り当ててRTまたは※付RTする方々をTL上では随分前から目にはしていて、かつて津田さんや堀江さんがご自身の本の書評をRTしてたとか(あれはメンションRTだったか)、天上人を眺めるかのような、自分には縁のない話と思ってました。今もそうですが。
加えて、自分絡みのツイートをRTするとやっぱり否定的ツイートを控えさせてしまい、結局マッチョな方からの意見しか吸い上げられなくなる可能性があって本意ではない。マンネリのきっかけになるんで。

そうこうする間にツイッター上でのセルフブランディングとかツイッターを使った広告戦略とか流行り出しましたよね。
個人的には音楽機材とかソフトとかの情報を収集しようと思った頃で、手当たり次第関連アカウントをフォローして、フォロー人数1k超えた辺りから普段到底交わりがあると思えない弁護士とか何とかの会代表とかのフォローが俄然増えてきました。若干モヤモヤしてきて、名義かぶりもあったりでイラッと来てアカウント消して、それで別アカウントをメインにしたのが3年位前の話ですかね。この後の話はまあいいか。

思えば昨秋、今春とM3を1ヶ月前に控えた辺りから自分はツイッターを使う機会が少し増える傾向がありました。試験前に部屋の掃除を始めるのに近い感覚なんでしょう。
もともと自分を宣伝することについては、嘘を吐くようなイメージがずっとあって根本的に好きじゃないので(自信とかそういうことなのかなあ)宣伝目的って感じじゃないと思います。仮に宣伝ツイートがあっても何遍もやらないですよね、僕の場合。正直に言うと、その宣伝ツイートのたびにそこそこストレスを感じてる(た)のです。とはいえ、他の人たちが面倒臭がってやらないって時には負担せざるを得ないんですけど。
ここの日記の更新が増えるのは仕事が立て込んでる時期って以前書いたことがあって、それとも同じ感覚だと思われますよ。

RTフェスティバル始めたのはまるっきり思いつきで、今なお及び腰です。
自分が果たしてこの’らしからぬ’ことを始めて何を思ったかは既にツイートでも記した通り、まー気恥ずかしいやら、所在ないやら。褒められ下手の日本人もそう少なくないと思うのだけど、自分もそこ極まれりといった具合で。いや、M3で実際にお会いしたいわゆるプレイヤーの方々は先刻承知かとは思いつつ、何とも返す言葉が見つからないもんですね。

まあ、でもアレです。近々(だと思う)予定されている執筆関連のお話は影響範囲が比較的大きく、宣伝がストレス云々言って駄々こねるのもどこのガキじゃいって話ですしw、その時に備えて今のうちに慣れておくのにはちょうどいい頃合いかもしれませんです。

September 15, 2013
アラビア文字

一昨日辺りのDaily Link Digestでも紹介したのですが、時たまアラビア語圏(って言っていいんですかね)の方のアルファベットと数字が混ざったツイートが検索に引っ掛かってきて、そもそもこの表記は何なんだろうと思ってたら、Arabic Chat Alphabetという独特の表記法みたいです。
[中東の文字や言語については予備知識皆無の僕でして、以降アラビア語とかアラビア文字とかってのが誤り、もしくは誤解を与え得るとしたらご指摘いただけるとありがたいです。]
仮にその文章がRTLのいわゆるアラビア語表示で見られたとしても僕には全く意味がわからないのですが、少なくともArabic Chat Alphabetのままよりは自動翻訳で意味を把握できる可能性が高そうなんですよね。
基本的には発音を元にアルファベット表記しているそうで、充てるべき文字がアルファベットにない場合にはそのアラビア文字の形状に似た数字を用いるようです。
まだちゃんと調べてはいないのだけれど、こうした表記の言語を検索から外すのをどうしたらいいんだろうというのが目下の疑問。こうした表記はアラビア語なのか(これはツイート主がアラビア語に設定してるかどうかによるでしょうけど)という疑問もありますし、ツイッターでの検索オプションで-lang:arは利きませんし、と。そもそもあまり検索条件が長くなると検索条件の保存も出来なくなりますしね。

同じ日のDaily Link Digestの中でTwitterでおはようと呟いたら、アラビア語でاتمني يومك يكون عظيم! اشكراً لانك جم… - Yahoo!知恵袋を紹介しまして、ツイートの内容が「あなたの1日が素晴らしいことを私は望む。貴男は素敵だから、ありがとう」というものだったのだけど、一方で「わからないからブロックします!」と答えた人がいるんですね、と。
ブロックの基準は人それぞれなのだけれど、ネットに公開する時点で世界中の人が見られるよなんてのと同様に、ネットでの所作も世界中の人が見られるわけでね。ちょっと切なかった。

他者の想定、客観性の話ついでで、ここ数日でとても個人的に重大に思った記事も記そうと思ったけど、このご時世に書くのはどうもアレなのでブコメ止まりにしておきます。

September 11, 2013
"青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)を表すというがそれは俗説である。"

フランスの国旗 - Wikipedia

September 3, 2013

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August 30, 2013
Facebookで「いいね!」を取り消す

「いいね!」ボタンを再クリックで取り消せるといいんですけどね。

fbの自分のホーム左側の下の方に「いいね!」一覧があるはずなので、その「いいね!」の文字の部分または「いいね!」の数字をクリック。

「いいね!」した項目のpictureにマウスポインタを持ってくると右上にボタンとプルダウンが表示されるのでその一番下「いいね!を取り消す」をクリック。たまにクリックしても反応しないことがあって、「フォロー中」のチェックを外すと「いいね!を取り消す」が利きやすくなるときがあります(それでもダメな時はページをリロード)。

一覧ページに表示されていないものは、各セクションの最下部の「すべて表示」、または最上部の「いいね!」見出しの右下にある「表示数を増やす」から「その他の「いいね!」」を選択してやるといいです。
個人、お店、記事、商品、特定のウェブサービスなど、fbの定めるカテゴリに入らないものや、個々の「いいね!」ボタンがfbの定める仕様にマッチし切れてない場合に「その他」にドサッとまとまるのではないかと推測(専門外なので、具体的なとこは専門の方どうぞ)。

基本的に「いいね!」を取り消す必要そんなに感じないんですが、(当面この心配はないでしょうけど)ミスやマルウェアきっかけ、あるいは甘言弄されてよからぬものを「いいね!」しちゃって、取り消せず/取り消さず放置しちゃう、そういう人なのだということがある種の企業/個人信用調査の材料になっちゃったりすると意外と痛手だよなと思ったので。

August 28, 2013
「君なら簡単にできるよね」

耳あたりがよくて、言われる側としては自尊心くすぐられて快諾したくなっちゃうのだけど、実はシビアな局面だと思うのです。

先方が簡単だと思い込んでいる/決めつけてるものをそう簡単ではないですよと明言しない限り、難儀なものを仕上げても評価されない可能性があるわけです。
いやそれは勘繰り過ぎ、もしくは曲解だという方もおられるかもしれないけど、ここで言っているのは依頼主が作業量を侮っているかもしれないこと、それと労を報いる意図があるかどうかこれじゃわからないってこと。
友達だろうと親しかろうと依頼主は適当でいいということにはならないと僕は思っています。

<依頼された側に目を向けた場合の話>
上にも書いたように、その言葉を受けた人が「あなたが思うほど簡単ではありませんよ」と返せばいいんですが、必ずしも律儀にそう答えられるとは限りません。無碍に断る場合も、いずれこの作業が報われるかもと思って献身的に取り組む場合もあるでしょう。
<依頼した側に目を向けた場合の話>
断られるにしろ、労を報いるにしろ報いないにしろ、依頼主が作業量を侮っているかもしれない状態は指摘されない限り正されることがないと思います。正されない場合は、そうしたgdgdな作業の生贄が次々と投入されていくことになりかねませんね。
あ、もちろん極端な例です。

余談ですが、首都圏のようにどれだけ生贄を放り込んでも代わりがいる状況だと、仮に依頼主の見積もり不足が正されなくてもまあまあビジネスは回るでしょう。が、僕が住んでいるような地方都市だと同じ調子でやっていてもわりとすぐ弾が尽きるばかりか、やはりその手の噂はすごい勢いで広まります。田舎だけじゃなくて、小さなコミュニティとか、寡占分野のビジネスでも似たようなことが起きやすいと思います。

話がそれましたが、ぶっちゃけ依頼主が作業量を侮っていそうで、それを指摘するのに問題がある場合(逆ギレとか本当に厄介ね)は、お断りした上で近しい人に警戒警報回したほうがいいかもしれません。

August 19, 2013
「はだしのゲン」への反応の話

原文読んだ印象が訳文とちょっと違ったので、差し出がましくも、私はこう読みました的な。

GoRaina.com - Beginnings (1)GoRaina.com - Beginnings (1)

私が9つのとき、パパは読んでみなさいと言って「はだしのゲン」というコミックを与えてくれました。父によると、日本の原爆の炎の中を生き延びた少年の話だと。へ〜、みたいな。興味はあったのだけど、とりたててどうという…Calvin & Hobbesを差し置いてまで読もうってものでもありませんでした。パパが薦めてくれたこともあって、いずれ読む気でいました。
物語の中、原爆ってシロモノは最後の20ページそこら位で初めて落ちるのですが、その事態は300ページの長さに匹敵するものでした(*1)。そこまでの間に、キャラクターを気に入りつつあったんですよね(*2)。

たしか本の終わりに差し掛かったのは家族でキャンプに行ってた時だったと思います。

「ねえ、ちょっと!!」


*1 たぶんこっちの意味じゃないかと。
*2 3ページ目で明らかですが、youは幼い自分を指してると思う。

GoRaina.com - Beginnings (2)GoRaina.com - Beginnings (2)

「みんな”死んじゃう”んだけど!」
「ゲンとママと、生まれたばかりの妹以外みんな!」
「なんてこと!!(WAAAHH!!)」
これがいわゆる”保護者同伴指定(*3)”というやつよね。

「一体全体、なんでアメリカは日本に爆弾を落とすなんてことしたの?」「卑怯よ!」
「恐ろしいものだとわかった上でやったの?」
「こんなこと二度と起きるべきじゃない!」「あの本を世界中のみんなに読ませたいよ。」「特に、国の偉い人に(*4)。」
「戦争は理不尽よ!(*5)」「人は、戦うなんてことせずに、問題のことを”話し合う”、それだけのこともできないの?」
「いずれ誰かが”私にも”ああいう仕打ちをするの?」


*3 Parental Guidanceは、PGというやつ。
*4 9歳だとどの国にも大統領がいると思ってて、その役割の人に読ませるべきと思ったのでは、と勝手解釈。
*5 力ずくをunfairととらえてるのではと解釈。

GoRaina.com - Beginnings (3)GoRaina.com - Beginnings (3)

おそらく「はだしのゲン」という物語はその役割をしっかり果たしたんだと思います。物語がその全体に帯びている影響力の大小こそあれ、私にはものを考えることを確実にもたらしたのです。とりわけ、アートの目的や衝撃(*6)について。

「やあ。」
「どう?」「あの本のお蔭でさんざんだわ(*7)。」
「あの本のお蔭であなたは確実に恩恵を得たと思うわ。あなたにはまだ実感できてないだけ。」
「今いい気分になってないことは確かなの。」
「それにさあ、(恩恵を得たと言うけど)たかが漫画の本なのよ。」
「レイナ。”たかが漫画の本”みたいなものは存在しないの。(*8)」
まだ9つの私には難しいレッスンでしたね。

(© Raina Telgemeier, 2009)


*6 つつがなく終わるものをcomicと捉えていて度肝を抜かれたのではと解釈。固定観念が取り払われた瞬間として振り返っているのかなと。
*7 9歳だとわかんないけど、例えばあちらで早熟な5,6歳の女の子って結構小生意気に「人生」とか言っちゃう印象(アメリカン・ホーム・コメディとか見過ぎ?)。だけど実質「今日一日」とかだったり。
*8 些細に見えるものからでも、読み方次第で重大な教訓が得られるという風に解釈。→ゆえにLesson。リテラシー教育みたいな。

登場人物が死んじゃう作品って向こうじゃかなり衝撃的に捉えられるって話を、25年くらい昔に「TV探偵団」で見たことがあります。今はそうでもないかもしれないですけど、Wikipedia見たらRainaさんが今ン歳ってことなので、免疫皆無の状態で見ちゃった可能性高いですね。
Beginningsと題しておられるように、作家とイラストレーターを生業とするきっかけの1つが、「はだしのゲン」の読書体験だったってことになります。Calvin & Hobbesじゃ得られない体験だったと読み取っていいでしょう。
the importance and impact of artを意訳しちゃいましたが、実際「はだしのゲン」は衝撃だったと思いますし、今のご自身の出発点として引き合いに出しておられますんで、この位の意味に捉えてもいいかなと。むろん、必ずしも肯定的意味合いでこの体験談が語られていない可能性もありますけど(そこまでは語られてませんので)、それでもアートマインドに火をつけた位置付けのものとして重大に捉えてらっしゃるだろうと思います。

Rainaさんのこの短編をきっかけに「はだしのゲン」を読んで感想をアップしてる人も(Sheikasaurus Rex goes RAWR: 2011 Book Review: “Barefoot Gen” by Keija Nakazawa (#13))。あと、ここ(Graphic Novel and Comic Book Creators in New York City - Graphic NYC)でも3ページ目の冒頭部分が抜粋されていて、それが結果的に彼女の現在の何につながったのかって話が書かれています。
「保護者同伴指定」ってのも大きなポイントだと僕は感じてて、Rainaさんのお母さんのように(書かれていないけどお父さんもそう無責任にゲンを薦めたわけじゃないと思う。キャンプ場だとエラい困り顔だけどw)、読む際に、読み終えた際に、適切にフォローして、意見を聞いてあげられる人が傍らに必要だろうなと思いました。